【展翅/てんし】少女人形館

あらすじ

人類が球体関節人形しか出産できなくなって数十年。この現象の謎を探る〈機関(オルガヌ)〉は、奇跡的に人の姿で誕生した少女たちをピレネー山中の修道院に隔離していた。バレエに打ちこむミラーナ、いまだ幼い泣き虫マリオン、人形細工師のフローリカ……三人の情熱と因縁のもつれが臨界に近づく頃、新たな客人が招かれる。だが、それは彼女たちの運命をより過酷にする新たな事件の幕開けだった

展翅少女人形館 (ハヤカワ文庫JA)

展翅少女人形館 (ハヤカワ文庫JA)

雑感

大好きな瑞智士記さんの新作で読む前から高いハードルを掲げていたわけですが、そんなハードルをも越えて満足させてもらえたいい作品でした。SFマガジンの瑞智さんインタビューだったり、id:Akoya氏と簡単な感想交換会がSkypeでできたのでその結果踏まえて。

ネタバレ考えるの無理だから気にする人は待避推奨。

個人的意見としては生々しい感情が混ざった百合話が濃厚に読めたので満足度がかなり高いです。

今作は「出産という知的生物の幸福を奪った場合にどうなってしまうのか」というコンセプトから始まり、少女と人形の持つ「無垢」と「永遠性」が根本的なテーマになっているみたい(SFマガジンの乱暴な要約)。

人形として生まれてこなかった少女らは、人形でないが同じように「無垢」で「永遠性」な存在を貫いているかな。
バレエに打ち込み続けるミラーナと、人形への執着から人形師になったフローリカは永遠性を特に貫いた少女であり、少女の塊であるマリオンはそのまま無垢であり続けた少女である。半人半人形のビアンカは特異な存在のなかでさらに特異であるため例外。

で、その要素が崩れた時に人として生まれてきた異形としての姿を失ってしまうことになるのが今作でとても印象に残ったところ。
ミラーナは人形を演じるバレエを極める、つまり人形を肯定する少女であったのに対して、フローリカは人形への執着の果てとして五寸釘で人形を打ち付けるつまり人形を否定する少女になった。
フローリカの五寸釘を打ち付ける行為がどうみても人形の無垢さを男性器のモチーフ五寸釘で犯しているようにしか見えない。ミラーナは少女を演じ、フローリカは男性を演じる。

結果、ミラーナはフローリカに想像の五寸釘で前進を打ち抜かれてその無垢さ処女性をうしなった、少女ではない女になったことにより人から人形へと変質してしまうことになっている。
少女から女に成長してしまったが故に人形と化してしまったのはマリオンも同様で、マリオンは自らの分身であり心のよりどころであった球体関節人形の双子の姉のリゼットを復讐の道具として使ってしまった。
「人形を四六時中つれてる子は少女。でも人形を手段として使うのは女。」(id:Akoya氏談)という話をきいてこのマリオンが人形化してしまった話に納得できた。

この少女が女に成長したことで人形化してしまう第二幕の展開は読んでいる間ぞくぞくとした感覚が止まらなかった。

第三幕ではフローリカとビアンカが彼女らの特異性を発揮するわけだが、この第三幕でもフローリカは人形(またはそれに準ずる存在)への執着を決して失うことはなかった。つまりは少女であり続けたために今作の少女4人のなかで唯一人形化することがない存在であったのも面白いところだった。

球体関節人形しか出産できないという世界観に関してはあまりきれいに描かれていたとはいえないけれども、少女と人形と女性の関係性がとても印象に残ったので僕はかなり満足です。